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夫婦二人でトーシツです

統合失調症夫婦の日常を妻の目線から綴るブログ

受け取り方を考えさせられる藤原竜也の『鱈々』

好きなものを再認識

冷たい雨の降る日曜日の朝、みなさんいかがお過ごしですか?気持ちがクリアーなトモちゃんです。

 

昨日のブログでは愚痴と不満を綴っていましたね。

問題は何も解決していないのですが、気持ちの軽くなったトモちゃんです。

というのも、昨日とてもいいリフレッシュが出来たんですよ!

 

 

キャナルシティ劇場で藤原竜也の舞台『鱈々』を観てきたのです☆

この舞台がすごく良かった!学生時代に演劇のゼミにいた時のことをありありと思い出しました。すごく懐かしくて、すごくいい時間だったなとしんみり感じたよ☆

 

トモちゃんは大学院に進みたい!もっと勉強したい!と大学三年生の時に考えていました。でもその当時のゼミの先生は大学院は受け持っていなかったのです。

他大学の演劇の大学院に進むことも考えましたが、県外に転居するのは病状からNG。

他大学の大学院に進むには頭がちと足りなかった。などなど。

なので演劇のゼミの先生と仲のいい同じ大学の先生を紹介して貰って、四年生から転科して大学院進学を決めました。

新しく転科したゼミが民俗学のゼミで、民俗学で学位を取りました。

 

しかし、民俗学は面白かったけど、博士号までは取れなかった。

博士号を取る前にトーシツが再燃して、マスターを修了したら、もう学問から遠ざかりました。

それで、その後は入院したり、デイケアに行ったり、就労移行支援事業所に行ったりして、今の職場に至るわけです。

 

 

話が遠回りしたけど、何が言いたいか。

演劇学で大学院に行ってたら、トモちゃんの進路はどうなってたかな〜。

まぁ民俗学でもうまくやれなかったのに、演劇学でうまくいくとも限らないかな。

 

そう思うくらい、演劇に対する愛情や知識は残っているもんだなと感じた舞台でした。

民俗学で学んだことはびっくりするくらい現在は残っていないトモちゃんですが、芝居に対する情熱は冷めることなくと思います。

得意なものは残るもんだね。と『鱈々』を観終わってタカちゃんとお茶している時に感じました。

 

 

ここで昨日の写真を載せますね☆

f:id:soratobutomoko:20161127091314j:plainソフトモカと抹茶モカを飲みながら『鱈々』トーク。タカちゃんはお芝居の最中眠かったそうな。

 

 

 

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お昼ゴハンはラーメンスタジアムで味噌ラーメンと肉飯。

たまにラースタには行きたくなるもんです。

 

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f:id:soratobutomoko:20161127092109j:plainキャナルシティの風景。水と運河の街です。

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可愛い植物も点在します。

 

キャナルシティもラーメンもお芝居も満足でした☆

自分を見つめ直すいい時間になって、今日はなんだかモヤモヤが吹っ飛んでいます。

 

 

『鱈々』感想 キャナルシティ劇場 11/26(土)12時半開演

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藤原竜也扮するカメと、山本裕典扮する年食った婿は倉庫番をしながら倉庫の中で寝起きして、生活している。

 

箱を毎日正確に積み込に、出荷する毎日。倉庫番の仕事に真面目に誠実に取り組むカメと、その毎日に飽き飽きしている年食った婿。

そこに山本ゆり扮するミスダーリンが現れて二人の生活が徐々に変化していく。

そしてミスダーリンの父の博打師が二人の生活ぶりを批判し、人間に必要なものを教えていく。

 

 

観ていて、森山未來の『変身』を観たときに感じた想いと似たものがこみ上げてきました。

不条理劇だなと思ったよ。

藤原竜也扮するカメの真面目な生活ぶりを、小馬鹿にし、ないがしろにしていく年食った婿とミスダーリンと博打師。

 

人間に肝心なのは度胸と年食った婿に教える博打師。それを信じ込む年食った婿。

最初は今までの男たちと違うと、カメに懇意だったミスダーリンも次第にカメの臆病さに退屈を覚えていくのです。

 

 

カメは平凡でありきたりな毎日を幸せと思おうとするのですが、それを年食った婿は受け入れず、ミスダーリンと博打師との生活を始めようとします。

 

実際、カメの誠実さも箱を入れ違えたことによって起こるはずだった問題が起きずに済んでしまうので、意味が見出せなくなります。

 

失意のカメと、それを置いて出て行く年食った婿。

 

博打師が

「世界はめちゃくちゃで正しいことなんてないから、毎日小さな倉庫の中で真面目に誠実に仕事をすることになんの意味がある」

と言うのですが、それを聞いてトモちゃんは腑に落ちませんでした。

 

大きな世界と小さな倉庫の中の話を同じ括りで捉えるとカメの生活にはなんの意味も感じられなくなるけど、同じ括りにすることは違うと思うのです。

世界がめちゃくちゃで間違ったことだらけでも、真面目に誠実に仕事に取り組む姿勢は好ましいとトモちゃんは思います。

 

しかし、頭でっかちになって身体がなくなってしまった鱈のように、頭でっかちになりすぎるのもよろしくない。

 

真面目なカメは愚かだったのでしょうか。

 

カメと年食った婿は同じ状況下にいるのに、なんでこんなに日常への捉え方が違うのでしょうね。

カメは年食った婿とずっと一緒にいたかったのだろうな。多分、そこには友情を超えた想いもあるのではと推測します。

 

ラストのシーンでのカメの独白は鬼気迫るものがあり、藤原竜也は狂気や深い悲しみに狂う役柄で本領を発揮するなぁと思いました。

悲しい終わり方なのですが、観終わっていろんな感想が残りました。

 

誰かが言っていた

「いい表現とは、直球で一つの結論を投げつけるものではなく、観た人のそれぞれにそれぞれの想いが反映される結論を導くものである」

と言う表現にとても当てはまった作品だったと思います。

 

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