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夫婦二人でトーシツです

統合失調症夫婦の日常を妻の目線から綴るブログ

トーシツがコンプレックスでも免罪符にしてはならない

ロス感ぱない

 

春雷の轟く日曜日の夜、みなさんいかがお過ごしですか?カルテットロスが容赦ないトモちゃんです。

 

カルテットの感想についてはこの記事が詳しいですよ↓

nami-machi.net

タカちゃんとも話し合ったのですが、タカちゃんは真紀さんは義父を殺していないというのですが、果たしてそうなのか?

この記事を読むと、いやーと思います。

殺した殺さなかったはまぁいいんじゃないかな。執行猶予ついたし。

カルテットが成り立っているし。

物語の結末は全員片思いのままで、おーい!って感じですが、誰かが誰かとくっついても何だかなーって感じなので、これはこれでいいのでは。

 

観ていて辛くなったりもしましたが、やはり観終えてスッキリしました。

煙突の煙だっていいじゃない、と思えるのです。漢字二文字のアレがなくても、ほんとうに好きなものにしがみついている人をトモちゃんはかっこいいと思います。

 

現実の生活を成り立たせて、夢を追いかける。それはそれでいいんじゃないのかな。

親は心配かもしれないけど。

 

 

トモちゃん、今日は気になっていたコミックエッセイを買いました。

 

“隠れビッチ”やってました。

“隠れビッチ”やってました。

 

 「男の人にチヤホヤされることが生き甲斐だった女が自分と向き合うまでのデスマッチ」と帯に書かれているのですが、これは自分軸を見失っているトモちゃんにもグサグサ突き刺さるものがありました。

 

自己肯定感がなく、男の人にチヤホヤされることで自分を保っているぴろよが、ヤリマンの友人、処女の友人、ゲイの友人、ビアンの友人や職場の同僚、そして夫となる三沢さんと関わっていく中で自分の中のコンプレックスに対峙する話です。

 

父親のDVやいじめなど、苦しい子供時代を終えて、二十歳で家を飛び出して、そこから男の人にチヤホヤされることで自分を保っていたぴろよ。

両親に「愛されたい」という気持ちが根底にあることを、自分が親になってみて自分と対峙して気づくぴろよ。

そしてDVしていた父も自分の弱さと現実に傷ついていたことに気づいたぴろよ。

自分自身を大切にできないのに人を愛せるのかと葛藤します。

 

ぴろよが夫となる三沢さんにとる態度がひどいなーと思うのですが、ぴろよとトモちゃんはよーく似ているなぁと感じました。

 

自分の中のくすぶりが昇華できずに誰かにぶつけて、肯定してもらえないと爆発する。

そんなとこはトモちゃんもあります。

 

「きちんと思春期を迎えなかった子どもは自分の理想の姿と現実の姿の相違に気づかぬまま成長し、自分を確立できない大人になる」

 

という言葉があるのですが、ズギュンと胸を撃ち抜かれました。

トモちゃんのためにあるような言葉です。

 

心が出来上がる前にトーシツになって、傷ついて、ボロボロになってしまった。

その穴を埋めるために必死で今までやってきたけど、お洋服でも化粧品でもなく、自分を着飾ることなんじゃなくて、自分と向き合うことが大切なんだ。

 

精神分析療法で自分と向き合った約6年間。

苦しかったし、今も苦しい。

昔観たイタリア映画の『むかしMattoのある街があった』で聞いたセリフで

「苦しいから狂ったのか、狂ったから苦しいのか」

という言葉があります。トーシツの当事者が言うセリフです。

 

苦しかった、自分を失った、自分を確立できなかった。

そのコンプレックスと、今の自分の現実の折り合いをつけて必死に大人になろうとしているトモちゃんです。

 

傷ついた顔はいつまでも出来る。

でも自分を愛して、自分を愛してくれる人を愛したいと考えたりもします。

 

自分軸が欲しいトモちゃんでした。

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