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夫婦二人でトーシツです

統合失調症夫婦の日常を妻の目線から綴るブログ

自分がトーシツってことを知らなかった時期

目が覚めた

熱気がムンムン篭る土曜日の未明、みなさんいかがお過ごしですか?暑くて目が覚めて、そのまま眠れないトモちゃんです。

 

ここのとこ調子が芳しくないですよ。

昨日は欠勤明けで居心地悪く働いたですよ。

なんとなく現場の社員さんも冷たいように感じたですよ。

それはトモちゃんの自業自得ですけども。

 

 

昨日はお昼過ぎから被害妄想が強くなって辛かったです。

仕事帰りの博多駅を通過する際は、思わずタカちゃんにFaceTimeをしました。

不安感が強くなっていたので安心出来る人の声が聞きたくなったのです。

 

それで帰りの電車を待っている時に感じていたです。

 

「ああ、この状態が2年近く続いた時期があったな」と。

 

 

不安感が強くていろんなものに過敏だった時期がありました。それは25歳前後の頃。

 

その頃のトモちゃんは大学院生で、学会の準備でオーバーワークだった時期です。

ずっとずっと強い不安感とイライラに手を焼いてたなぁ。

その当時の主治医はトモちゃんをトーシツではなくADHDと診断していたので、トーシツのお薬が投与されず、これでまたまた状態が悪化してたなぁと。

 

(実際その主治医に転院したときはトーシツの症状が少なくて、日常生活を難なく過ごせてた。23歳の頃。大学の学部を出たときにその主治医に変わった)

 

(20〜23歳の頃の主治医はまた違う先生。こいつは最悪だった)

 

(川辺先生は20歳〜25歳の頃は主治医ではなかった。15〜20歳と、25歳〜現在に至るまでが川辺先生が主治医だった時期)

 

 

大学院生になって最初は博物館学芸員課程の講義と大学院の講義をとってオーバーワークで半年間休学。(23〜24歳の頃)

復学して、学会の準備でオーバーワークになって一時期入院。(25〜26歳の頃)

それで大学院を出たのが27歳になる寸前の3月だった。2年遅れて大学院を出て、その後の進路は決まってなかったです。

 

こうやって書き出してみると散々ですね、トモちゃんの大学院生時代。

 

学部は楽しかった記憶しかないけど、大学院生は暗黒時代だった。

今思えば、学部の頃に就活をして新卒で障害雇用枠の求人を受けられれば良かったのにな。でもあの頃は大学に残って研究職に就きたかったのだよね。そもその10年前は障害雇用枠というものがポピュラーではなかったしね。

 

それでね、今日は大学のダンスサークルの集まりがあるですよ。

来月の同窓会の準備です。

だから今眠れていないと結構しんどくなると思う。

 

しかし夏場は大抵体調崩しているですね。

23歳の夏はしんどかったな夜に眠れないのが常習化してて、今みたくパソコンで遊んでたな。その頃はmixi全盛期で、よくブログ書いてたわ。

 

学生さんは気楽でよかったなぁと実家暮らしだったから家事もしなくて良かったし。

好きなことを好きなだけできて、肩書きもあった。ブラボーすぎます。

 

こうやって昔のことを振り返って、しんどかった時期のことを思い出すと、なんとか切り抜けて今があるから、今回も大丈夫と思う。

 

もう入院はしたくないな。

26歳〜31歳にかけて通った精神分析療法のおかげで、生きづらさがずいぶんと緩和されたトモちゃん。焦りすぎずにやっていきたいです。

 

とにかくダンスサークルの集まりは途中で切り上げてもいいから、なんとかこなしたい。

学生の頃の自分がトーシツと知らなかった頃の感覚を思い出したいトモちゃんです。

 

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